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太上皇

太上皇(たいじょうこう)は退位した存命の皇帝に送られる尊号。「太上」とは「最高の」の意。日本では上皇とも呼ばれる
上皇の后妃は皇太后ないし太皇太后である。

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西晋の孝恵帝、唐の高祖、睿宗、玄宗、南宋の高宗、明の英宗、清の乾隆帝等がいる。また、日本の後高倉法皇のように帝位には即かなかったものの、没後若しくは存命中に子が皇帝となり王朝を開いたが故に、太上皇の称号を贈られた例として、秦の始皇帝の父・荘襄王、漢の高祖の父・劉太公がいる。

韓国
李氏朝鮮では、1897年10月12日、高宗 (朝鮮王)が国号を大韓帝国とし朝鮮初の皇帝に即位をしたが、近隣諸国の内政に対する介入がある中で、親露政策をとり、日本の干渉の排除を志向した。その象徴的な出来事がハーグ密使事件であり、朝鮮に対する日本の支配を排除するため、その不合理を国際社会に訴えたが、これが頓挫した上、日本との関係をより悪化させた。そのため李完用など親日派勢力により皇帝の退位が画策され、7月20日、皇太子への譲位に追い込まれ太上皇となった。太上皇、太上天皇といった東アジアの上皇としては最後の例となる。

ベトナム
ベトナムにおける太上皇の称号は中国や韓国と異なり、国内に限り君主号としての意味を持っていた。 歴代王朝は代々中国皇帝に朝貢をしていたが、一方で皇帝がその諱(本名)を他国に知られてその臣下扱いされることを潔しとしなかった。そこで皇帝が早い段階で後継者に帝位を譲って太上皇となり王室内の最高意思決定と対外(中国)交渉を行い、皇帝は内政一般を扱うという慣習が成立した。このため、中国への朝貢は太上皇が「国王」を名乗って行っており、中国正史とベトナムの正史が伝えるベトナム君主の在位には一代ずつのずれが生じているといわれている。


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2009年04月26日 11:19に投稿されたエントリーのページです。

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